nakaminai

ピンクレモネード

 蝉がけたたましく鳴いている。地元の駅舎を出た侑は、雲ひとつない真っ青の空を見上げ、だらだらとこめかみを伝う汗をTシャツの袖で拭う。こんな日に限って今年最高気温を記録しなくてもいいだろうと突き抜けるような青空を呪う。
 侑の住むMSBY社員寮のある東大阪から実家の兵庫まではそう遠くないから週末に日帰りで帰省することはたまにあったが、こうしてまとまった休みの帰省は、寮暮らしを始めて以来この8月の盆休みが初めてだった。ゴールデンウィークは何かと慌ただしく、一日しか帰省できなかったのだ。今日から長期休暇であるのは多くの人々も同じであり、駅は周辺も含め、昼前という時刻のせいもあるのか想像よりも人が多かった。
 人ごみから離れてスマートフォンの画面を見ると、不在着信が1件と、SNSに新着メッセージが1件。どちらも同じ人物から。着信の名前を見て、メッセージを確認する前に慌てて発信ボタンを押す。1コール、2コール、3コール……出ない。おい、スマホ見ろや。侑は自分のことを棚に上げて舌打ちした。
「ツム! こっちや、こっち」
 はっとして声のした方に首を巡らせる。この愛称で自分を呼ぶのは世界で一人しかいない。大事な家族、双子の兄弟、そして誰より愛しい恋人。
 スマートフォンを持った片手をあげて人波の中を駆けてくる姿。会えない間も夢の中で何度も逢瀬を重ねた相手。侑は自然と頬を綻ばせ、いても立ってもいられずに治に駆け寄った。
「サム!」
 ゴロゴロ引っ張っていたスーツケースを放り出して、治を両腕で抱き締める。周りで「あらぁ」「イケメンとイケメンや」「あのふたり、なんか見たことある」とか、ひそひそ、くすくすと雑音が広がる。腕の中で治がぽんぽんと侑の背中を叩いた。
「おい、抱きつくなや」
「会いたかってんもん!」
「先月の三連休も会ったやろ。なんや、子どもみたいに」
 7月の3連休の真ん中に、一日だけ帰省した。しかしその日は治がバイトでほとんどいなかったのだ。治が帰ってきた頃にはもう侑が帰らなければならない時刻で、しつこく散々恨み言を吐いていたら治も堪りかねたのか取っ組み合いの喧嘩になった。
 会えない間、侑はこんなにも寂しさを募らせていたのに治は妙にクールだ。会いたいと思っていたのは自分だけで、治は仕方なく付き合ってやっているような空気が不服で、侑は治からからだを離してじとりと恨めしそうに片割れを睨んだ。
「やって、ちょっとしか会うてへんやん! チューしてええ?」
「アホ、ええわけないやろ。あーもう、離れろや、汗でペッタリしとんねん!」
「それは俺のせいちゃう、気温のせいやろ」
「はいはい、わかったから。おかんの車借りてきた、帰ろ」
 ニッと優しく笑った治の指先で、ファンシーなマスコットのぶら下がったキーがくるりと回る。その笑顔だけで、侑の不安は簡単に吹き飛んだ。治は侑のスーツケースを引き寄せて踵を返す。
「自分で持つわ」
「ええて、これぐらい」
「サンキュー」
「嫌がらせみたいに暑いな、今日」
 こめかみに汗を浮かべながら治が笑うので、侑は「せやな」と生返事をした。
 久しぶりにこうして並んで歩くのがうれしくて幸せだった。無意識にじっと治の顔を見てしまい、「どんだけ見てんねん、前見ろや」と怒られた。このやりとりもまた懐かしくて、怒られたというのに嬉しくてちょっと笑ってしまった。「アホか」と治が吐き捨てて、紺のオープンカラーシャツの袖であごの汗を拭う。ほんのり彼の頬が赤いことに気づき、ますます治がいとおしくなる。早く触れたい。先ほどよりももっと強く抱きしめて、キスをして、肌を重ねたい。際限なく湧き上がる欲望に蓋をして、侑は重たい息を吐き出した。
 少し歩いた先のコインパーキングに母の軽自動車が停められていた。スーツケースを後部座席に放り込んで治は運転席に、侑は助手席に乗り込む。家に着くまでのそう長くない時間も、少し緊張気味の治の横顔を懲りずに眺めていた。

 ◇

 1ヶ月前にも帰っているからか、母は侑の顔を見ても特に感動もなく、学校から帰ってきたときのように「おかえり、暑かったやろ」と出迎えた。
「むっちゃ暑いわー。帰ってくるだけでヘトヘトや」
「ツム、荷物多すぎんねん。何持って帰ったん?」
「いや、服とか? 洗濯物もある」
「服? タンスにあるやろ」
「高校の頃のやで。ガキっぽいやん!」
「自分のかっこ見てみいや、高校んときと変わらへんわ! 卒業して一年も経ってへんやん」
 治が侑のばかでかいスーツケースを運びながら眉をひそめる。言われて見下ろしてみると、白いTシャツにジーンズというラフな格好。たしかに、言われてみれば大して変わっていないような気もしてくる。
「いや待って、このTシャツ、諭吉の価値あんねんで!」
「え、その白いだけのTシャツで? ユニクロと何が違うねん」
「ああん!? ポッケがついとるやろ!」
「ユニクロにもポッケぐらいあるんちゃうん」
「侑、こっちおる間どこで寝る? 今更治と一緒の部屋で寝るんもいややろ。下の和室で寝る?」
「え」
 Tシャツで争っていたふたりは顔を見合わせた。全然いやじゃない。当たり前に同じ部屋で寝るつもりだったし、なんなら楽しみでさえあったのだ。たぶん、治も同じはずだ。侑の反応を見て、母が目をまるくした。
「あれっ、あんたのベッドもうないで。知らんかった?」
「いや、知っとるけど……」
「俺は別にええよ。ツム、ホームシックやったみたいやし、一緒の部屋で寝たっても。床に布団敷くスペースあるし」
 治が薄ら笑いで答える。一緒の部屋で寝られるのは嬉しいが、言い分は気に食わない。侑はキッと治を睨んだ。
「ハア!? ホームシックちゃうわ! 元々俺の部屋でもあるやろが!」
「もー、喧嘩せんといて。ほなあとで布団持って上がってや」
「へーい」
 治が平坦な返事をする。侑はスーツケースを持ち上げて階段を上がった。治も後ろからついてくる。
 ほんの約半年前まで治と暮らしていた部屋のドアを開けると、途端に冷たい空気が吹きつけてきた。侑を迎えにくる前に、エアコンで冷やしてくれていたようだ。今は治のひとり部屋となっているこの部屋は、二段ベッドは上の段だけなくなってただのシングルベッドとなり、ベッドに背を向けてふたつ並べられていた机はひとつだけになった。妙に広々とした部屋は、長年暮らしていたはずなのにすっかり他人の部屋のようでどこか落ち着かない。
「治ー」
「なんー?」
 階段の下から呼びつけられて治が部屋を出ていき、トットッと階段を踏み鳴らす音が遠ざかっていく。
 ぽつんと取り残された侑は、治の机に歩み寄った。机の上はきれいに片付けられていて、分厚い本や教材が立てかけられて並んでいる。一緒に暮らしている頃にはこんなものはなかった。
 侑の知らないところで侑の知らない人と話して、侑の知らない人の授業を受けて、侑の知らないことをたくさん知っていく治。もう侑だけが知っている治ではなく、侑の知らない治の一面もたくさんあるのだろう。誰よりそばにいたはずの治を少し遠くに感じて心細くなる。

 せっかく会えたのに、こんなふうに沈んだ気持ちでいるのは嫌だ。侑は深呼吸をした。治の部屋を見渡す。
「……なんか変なもん隠してるんちゃうやろな」
 ほんの出来心。魔が差したのだ。勝手に抽斗を開けて、戻ってきた治に「テメェ何してんねん」といつもみたいに怒られる。いつもどおりのちょっとした悪ふざけ。その程度のつもりだった。
「フッフ、浮気なんかしとったら許さへんからなー」
 少しドキドキしながら、いちばん上の抽斗を開ける。普通に筆記用具が転がっている。まあ、そうそう面白いものが入っているはずもないか――2段目を開け、3段目を開けたとき。

 どぎついピンク色の太い棒が、勢いよくゴロゴロゴロと手前に転がってきた。

 侑は思わず手に取ってみた。長さは20センチぐらい。質感は人間の肌に似ていて、おそらくシリコンか何かでできているらしい。硬さはあるが、力をかければそれなりにしなる。棒の端は球のようになっていて、棒は独特のカーブとともに徐々に太くなる。球の反対側の先端の形を見れば、これがなんなのかすぐにわかった。いままで実物を見たことはないが、男性器を模したラブグッズ――ディルドだ。言うまでもなく、初めてディルドというものを目にした侑の所有物ではないし、発見されたのは治の机の抽斗だ。
 つまり、これが誰のものかというと――。

「おかん仕事行ったから、昼はなんかテキトーに食えって2000円もろた――あ!」
 ドアを足で開けた治は、片足を上げたままの格好で固まった。治は両手に麦茶の入ったグラスを、侑は片手に男性器を模したピンク色の棒を持って見つめ合う。侑は動かない治から手元の見慣れない玩具に視線を戻し、興味津々で人差し指でディルドの亀頭をつんつんとつついた。
「なあ、これ、もしかせんでもエッチなやつ? 初めて見たあ」
「なっ、なっ……なんっで勝手に人の机漁ってんねん、アホ、ポンコツ、人でなしっ!」
 治がようやく我に返って、侑に大股で歩み寄る。侑とわずかに色の違うグレーの瞳にはありありと焦りと羞恥が浮かんでいて、両手に持っていた麦茶の入ったグラスをガン! と音をたてて机に置いた。空いた手を伸ばしてくるのをかわしながら、侑はディルドを掴んだまま、角度を変えて見たり、表面を撫でてみたりした。
「なあ、これで……ケツん中掻き回してオナっとったん? うわあ……むっちゃエロッ……」
「う、うっさいッ、ほっとけ!」
「へえー、ちんこ触るだけじゃ物足りんかったん?」
 にやにやしながら片割れをちらと見る。片割れは顔を真っ赤にして、小さく震える唇を噛みしめていた。侑はぎょっとして目をしばたたかせた。からかいすぎた、謝ったほうがいいか、と咄嗟に口をひらきかけたが、その前に治が怒鳴った。
「悪いんか、ボケ! ちんこ触るだけじゃあかんなったんはテメェのせいやろが!」
「お、おう、せやな! すまん!」
 気圧されて、侑は思わずこくこく頷いた。キッと強い視線を侑に向けていた治だったが、意外にもそれ以上噛みつくことはなく、うつむいて顔を腕で覆い隠すと、弱々しくつぶやいた。
「……こ、んなん、変やん」
「ン?」
「お、男やのにっ……ちんこついとんのに、ちんこ痛いぐらい擦っても、イけんくて、なんかちゃうって思ってもうて……! 後ろ、触ったら、みっともないぐらい気持ちようなって、でもすぐ、指じゃ足りんって思って、太いヤツ、ツムのちんこはめてほしいけど、おらんしってなって……ネットで、そういうん見つけたから……ちょっと買ってみよと思て……」
「ほーん、ネットで買ったんや。気持ち良おなった?」
「……な、ったけど……ツムのちんこがええ」
 腕を浮かせた隙間から、ちらと治の瞳がのぞく。
 もう、なんなん! かわええやん!
 内心悶絶しながら、侑はディルドを机の上に放り出して、治のからだを抱きしめた。
「サム、なあ、すぐ終わらすから、一回ヤろ?」
「はっ、今!? い、いややッ……汗、汗かいとるし」
「ええやん、汗ぐらい今更やんか。おかんも仕事行ったんやろ? ちょうどええやん。もうずうっと何ヶ月もサムとエッチしてへんから、したかったんやもん、もう待てへん。な? しよ」
 直接鼓膜に注ぎこむように、耳殻の内側にくちびるを押しつけてささやく。最後に耳孔に舌を差し込んでやると、治はびくっと首をすくめて身を捩った。
「う……耳、あかんん……」
「フッフ、耳、あかんの? かわええなあ。……サム、ええ? エッチしたい? する? 俺のちんこ欲しいんやろ?」
 耳殻にくちびるをくっつけたまま、ダメ押しとばかりに吐息とともにささやくと、身を固くした治は少しの間を置いてぼそりと蚊の鳴くような声で言った。
「……する……」
「うん、しよ。寂しかったもんな。チューしてええ?」
「……っこの流れで、チューなんかいちいち聞くなや」
「なんやねん、駅で聞いたときはあかんって言うてたやんか。聞かんかったらよかったんか?」
「アホ、TPOやろ」
「せやなー」
 興味なさげに相槌を打ってくちびるを合わせると、治も素直に応えた。くちびるを食んで、軽く吸って離れる。閉じていたまぶたがゆっくりとひらき、情欲に濡れた瞳が侑を映す。のぞきこんだ瞳の奥で、自分も同じような目をしていた。もう一度キスを仕掛けて、今度はくちびるのあわいから舌を潜り込ませる。治の舌が待ってましたとばかりに絡みついてきて、互いに舌を絡めて舐め合う。ぬるついた粘膜をすり合わせるのが心地よくて、頭の芯がじんじん痺れるような感覚。
 治のシャツのボタンを外して剥ぎ取り、床に放る。ボディラインにぴったり沿う白の半袖のインナー一枚の治の平らな胸元に、布を押し上げる突起がある。布の上から形がはっきりとわかるぐらいにぷっくりと腫れていた。
「キスだけでこないなったん? それとも外歩いとるときも、布擦れてずっとこないなってた?」
 治はふるふる首を振るだけで答えないが、指先で布の上からカリカリ引っ掻いてやると、息を詰めてびくと肩をすくめた。
「乳首、気持ちええな、サム好きやもんな」
「う、ん……っちくび、気持ちええ、もっとして」
「うん、気持ちええなあー」
 侑は背を丸めるようにして頭をかがめると、インナーごと乳首を口に含み、唾液で濡らして吸い上げた。もう片方は指で引っ掻いたり、摘んで引っ張ったりした。治は「ひっ」とうわずった声をあげて喉を反らした。ぢゅうっと音を立てて乳首を吸うと、その度にからだを震わせる。かわいい。散々に吸われて濡れそぼったインナーは乳首の色が透けていて、何も身につけていないよりもいやらしく見えた。
「うーわ、えっちやあ」
 濡れた布の上から親指で押しつぶすように乳首をこねると、「お前がしゃぶったんやろ」と詰られたが、無意識なのか胸を反らして指に乳首を押しつけてくるのだから治がえっちなのは違いない。侑にとっては喜ばしいことだ。
「……サム、机、座って」
「もしかしてここでするん?」
「ベッド、汗でベタベタんなるで、いややろ?」
「う……」
 思考能力の鈍ってきた治が言われるがまま机に腰かける。侑は手早く治のパンツに手をかけると、下着ごとずり下ろして脚から引き抜き、床に落とした。膝を掴んでM字に脚を開かせ、机の縁に足を載せる。ゆるく勃ち上がった性器がぴくりぴくりと小さく跳ねるのがまるで早く触ってくれとおねだりしているようでかわいらしい。侑は性器には触れず、その下できゅっと窄まった蕾に手を伸ばした。指先でくるりと円を描いて、中心をこしょこしょとくすぐる。そして、侑は違和感に気づいて眉をひそめた。熱くて柔らかい。指が掠めた拍子に滑って吸い込まれてしまいそうだった。まさかと思い、窄まりに人差し指を宛てがって、垂直に押し込んでみる。指は難なく飲み込まれていく。前回は、指を入れるだけでもそれなりに準備が必要だったはず。
「なんか、余裕で入るやん……」
 ちらと治の顔を窺うと、彼は真っ赤な顔で唇を噛んでいた。
「……今朝、はよ目ぇ覚めて、なんか…………ツム帰ってくると思たら、ムラムラして……オナってもーた……」
 治が恥ずかしそうに目を伏せる。

 ナニソレ。正直、俺が帰ってくるまで待っとってほしかったけど、エロすぎてめまいがすんねんけど。

「ええ……エッロ……これでオナっとったん?」
 机の上に転がっていた治の愛用品らしいディルドをすかさず取り上げると、治が目を見開いた。
「……あ! テメ、それはっ……」
「見せてや、どうやってオナったん?」
 治はじろと侑を睨みつけていたが、ディルドを差し出すと素直にそれを受け取った。
「ローション、取れ。これとおんなし抽斗」
「ほーん、すけべ抽斗やなあ……いでっ!」
「四次元ポケットみたいに言うな!」
 3番目の抽斗を開けようと屈みながらからかうと額を蹴られた。治はローションでディルドを濡らしてから竿の中ほどを指で挟み、亀頭の形の先端を後孔に宛てがった。
「ん……」
 治が鼻にかかった声を漏らす。ぴくりと足の指が跳ねる。先端が肉を掻き分けて沈む。難なく飲み込まれていく。半分ぐらいまで中に収めて、治ははふはふと浅い呼吸をしながら、侑の顔を窺う。侑はわざと気づかないふりで、ピンク色と治の肌の結合部に視線を注いだ。
「こっからどうすんの?」
「う、ごかす……っ」
「動かしてみて」
「う……」
 治の中に収められていたピンク色の棒が、ずるずるとゆっくり引き出される。カリの部分が引っかかると、また中に押し込まれる。棒をたどたどしく前後に動かし、時折、ぐるりと中を掻き混ぜるように回している。治は棒に与えられる刺激に夢中になっているようで、棒で体内を掻き回しながらうつむいたままはあはあと荒い息をついている。
 快楽に溺れてよがる治はかわいいけれど、ほったらかしにされるのも面白くない――玩具で慰めるのを見せろと言ったのは自分だけれど。
 侑が治の頬をするりと撫でると、治はゆらりと顔を上げ、とろけきった瞳に侑を映した。
「……きもちい?」
 にこりと微笑みかけると、治がこくんとうなずく。
「きもちい……」
「んー、よかったなあ」
「きもち、ええけど、はよツムのちんこ……欲しいわ」
 侑が治の表情に目を奪われているうちに、治の指先がジーンズの上から股間をつうっと撫でた。
「お、おおっ!?」
 驚いて腰を引く。治はふっと声を漏らして笑った。
「……ガチガチに勃っとるやん、余裕ぶってないではよ挿れろや」
 そう、治の指摘通りにもうとっくにガチガチなのだ。伸縮性のない硬いジーンズが窮屈で痛いぐらいに。指摘されるとなんだかばつが悪くて照れくさい。侑はきまりの悪さを感じながら、もごもごと言い訳しながらジーンズと下着をそろりと脱いだ。
「や、そろそろ俺も挿れたかったんやけど、なんか、タイミング逃してもうて……」
「タイミングて。アホやなあ」
 治がとろりと目をたゆませて笑う。ちゅぽ、と音を立ててディルドが引き抜かれ、机の上にしみを作りながら転がされる。治は自ら左右に穴を拡げ、上目遣いで侑を見た。普段は堅く閉ざしているはずの蕾がいまは柔らかく開いて、盛り上がった縁がひくりと収縮する。その奥に赤く色づいた粘膜がわずかに見える。
「な、はよ挿れて」
 はあ、と熱っぽい息を吐き出して、ぱくりと口を開けた後孔に、すっかり硬くなった性器を宛てがう。先端がぴとりと触れるだけで、治のそこは期待に震えるようにひくついた。突き挿れたあとの快感を想像して喉が鳴る。治の膝を掴んで、腰を前に押し出した。ついさっきまで玩具を咥え込んでいたそこは容易く侑のものを飲み込んでいき、根元まであっという間に収まった。

 久しぶりのセックス。治のからだ。腹の内側。侑ははー、と深く熱っぽい息を吐き出し、治のへその下あたりを撫でた。治の腹筋がひくりと震える。この皮膚の下に、自分のからだの一部が収まっているのだ。たまらない。
「久しぶりのサムの中、熱くてトロトロで最高や……サムは? 気持ちええ? 俺のちんこ、うれしい?」
「は、ふ……うれし……ツム、はよ動いて……いっぱい、奥、突いて」
「えー、もう、なんなん? かわいすぎやて! なんでそんなかわええんや、サムぅ」
 侑は頬を緩めながら腰を引いた。性器がずるりと引き出され、抜けきる寸前にもう一度奥まで押し込む。奥に届くたびに治のからだが跳ね、銀の髪がぱさぱさ揺れる。
「お、奥、きもちい……っ」
「奥も好きやけど、ここも好きやろ?」
 今度は治の膝を押し込んで角度を変え、腹の裏側の浅いところをトントン、トントンと細かく突いた。足の指までぴんと伸ばしてびくびくと痙攣するようにからだを震わせるさまを見ると、どれだけ快感に流されているかは明らかだ。
「あぅっ、あ、んん、ツム、そこ、気持ちえ……!」
「ふ……ここな、ここ好きやんなあ」
「あ、あっ、好き、好きっ」
 うわごとのように治が繰り返す。セックスの最中の治は素直だ。普段からこれぐらい俺にも好き言うてくれへんかなあ、なんて考えながら、治が求めるままに好きなところを突いてやる。
「なかなかエッチできひんから、いっぱい突いたろな……っ」
「ツムっ、あ、きもちい、あかんん、イく……!」
「うん、ええよぉ、イき、前も触ったる」
「あ、ぅ……!」
 先走りでとろとろに濡れた性器を手で包み、ちゅこちゅこと水音をたてながら上下に激しく擦り立てる。手の中で性器がびくびく震えて、限界が近いことを教えている。
「出してええよ」
「ぅ、く……っ!」
 治が息を詰め、侑の首にしがみついて背をまるめる。手の中で熱いものが弾け、じわりと広がる。白い粘液が指の間からこぼれ、ふたりの下腹部を汚した。治のからだがくたりと弛緩する。そろそろ抜くか、と侑が思ったときだった。治が顔を上げ、ぎらと目を光らせた。
「ツムも、イけや……っ」
「うおっ!」
 不意打ちで治の脚が腰を挟んで引き寄せる。がっしり固定されて逃げられずにいるうちに、達したばかりの治の中がまた搾り取るようにきゅんと締まる。
「あ、あかんあかん、出るて!」
 治が悪戯っぽくニヤと笑い、腰をぐりぐり押し付けてくる。
「やばいて、外で出――あ、こら! サム……っ!」
 きゅうっと一際きつく締め付けられ、息を詰める。尿道を通って熱いものが流れ出る感覚。
「あーあ、中で出してもうたな」
 治がニィッと笑う。侑の目の前で、侑に奪われる前に3個パックじゃない高価なプリンを食べきった時のような、満足そうな顔。プリンというには苦々しくて青臭く、美味しいものではないはずだけれど。侑は高揚感と倦怠感に揺られながら、深いため息をついた。
「お前……腹壊すで」

 ◇

「ええこと思いついた!」
 シャワーを浴びて濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に戻ると、侑より先にシャワーを済ませた治がベッドで横になっていた。怪訝な顔をして、スマートフォンから侑に視線を移す。
「なんや……ツムの『ええこと』がホンマにええことやったためしないわ」
「フッフ」
 侑は抽斗に戻されていたディルドを取り出してからベッドの横にしゃがむと、治に満面の笑みを近づけた。
「今度から、俺にビデオ通話繋いでこれでオナれ」
 間。じとりと目を細めて侑とディルドを順番に眺めた治は、はあー、と深いため息をついて寝返りを打ち、侑に背を向けた。
「ほらな」
「ほらなちゃうねん、本気やぞ! 俺の顔見ながら、俺に抱かれとると思てやってみて。俺もサムの顔見ながらオナれるし一石二鳥やん! 天才かっ?」
「いやアホやろ」
「でもなー、ほら。離れるんは寂しいけど、せめて顔見たいやん? せやから……あれや、オナるんやなくても、寂しかったら電話して。そんで、会いたいときは会いたいって言うて。サムが会いたい言うたら、1秒しか会えんくても、絶対帰るから。なあ、サム。サームー」
 こっちを向いてほしくて、治のうなじをくすぐって頭を撫でる。ブリーチを繰り返した髪が指にキシキシ引っかかるところまでおそろいだ。
 治はしばらく無反応だったが、やがてむくりとからだを起こし、照れくさそうに頭を掻いた。
「……しんみり離れる話すんの早いねん。お前、あと何日かおるんやろ。あー、もう、腹減った。めし行こうや」
 治がベッドから降りて、大きく伸びをする。侑も立ち上がり、ディルドは元ある場所に戻しておいた。
「……おん、めし行こか! 寿司がええなあ」
「おかんがくれた金、ひとり1000円やで」
「せんえん!」思わずおうむ返しに言った。1000円じゃ、回る寿司だって10皿も食べられない。18歳の息子ふたりの胃袋をなんだと思っているのか。侑は鼻を鳴らした。
「おかんケチやなー! ええわ、俺が足らん分出したるから寿司行こ」
 一足先に社会人になったわけだし、治には格好良いところを見せたい。治ひとりに寿司を奢るぐらいのお金は財布に入っているはずだ。治は侑の想像以上に感激したらしく、きらきらと目を輝かせた。
「ホンマ? 侑クン大好きやあ!」
「……ッハアー? おま、こういうときだけ……ぜ、全ッ然うれしないっちゅーねんっ! アホサム!」
「ふはっ。めっちゃうれしそうやんけ、アホツム」
 治がくしゃりと笑って、侑の頬にちゅっと音をたててキスをした。突然のことに、侑は石のように固まってしまう。
 へっ、と間抜けな声が出て立ち尽くしている間に、治は先に部屋を出て行って、階段を軽やかに駆け下りる音が遠ざかる。
「あ! エアコン切るん忘れた。切ってきてー」
 階下から聞こえる治の声にはっとした侑は慌ててエアコンの電源を切り、治を追って階段を駆け下りた。


2022.07.11